父の背中

 

父を越えられない。父親の背中は想像以上に大きかったんだ。

 

社会人になって数年がたち、仕事もこなせるになってきたころ、ふっとそう思った。

 

小学生のころ、プレイステーションをねだって買ってもらったこと、一緒に格闘ゲームをしたこと、中学時代の塾通い、高校の部活動、大学で独り暮らしをしたこと。

思い返すと、そのすべてにおいて、見えないところで父の支えがあったのだと感じた。

 

本当は休みたいのに遊んでくれたこと。車で遊園地へ連れて行ってくれたこと。

金銭的にも、時間的にも、父がいたから、楽しめたのだ。

 

そんな当たり前のことを、今さら感じたのだ。

 

どうしてそう思ったのだろう?

きっと、今までイメージがつかなかった、父が家族を支えるためにしてきた「仕事」の中身を、私が社会人になってそれを経験して理解できたからだ。

 

仕事をしていくなかで、「こんなこともするのか。やってられない……」と思うことがある。

きっと、父も同じことを思ったときもあるだろう。

法人営業をしていた父は人を相手に仕事をする。多かれ少なかれストレスを抱えていたのではないかと思う。

 

時につらく、逃げ出してしまいそうになるときもきっとあったと思う。それでも、私が生まれてから社会人になるまで仕事を続け、支えてきた。続けることの大変さを、身をもって感じた今、改めて思う。家族のために働いていた父の偉大さに今更ながら気づいた。

 

きっと、父を越えられないだろう。

 

「おはよう」から「おやすみ」までの普段の生活のなかに、意識しないと見過ごしてしまうような場面を支えていてくれていたのだと、平日の夜、私はデスクワークをしながらふっと感じた。

 

それから、私の父に対する接し方が変わった。

 

私は、年に1回は帰省し、実家で過ごすようにしている。その都度「スマホ古いから替えたら」とか、「お菓子ばっかり食べて」とか、私の個人的な意見を父へ言っていた。

 

しかし、父を超えられないと感じた後は、何も言わなくなった。

古いスマホも、お菓子も、私のものではなく、父のものだ。私が口を出したところで何も変わらない。

 

家もそうだ。実家にある私の部屋は、ほぼ物置状態だ。ミニマリストがみたら断捨離したくなるくらい、物にあふれている。だが、かろうじてベッドだけは無事だ。社会人になりたてのころは、部屋に入るたび、「物が多すぎ」と思っていた。しかし、今はさほど気にならなくなった。

 

それは、私の部屋は私の所有ではないからと思ったからだ。家を買ったのは父だ。私は一銭も払っていない。そして、その家の一角を私に無料で貸していただけだ。

 

私が何を言っても、父が部屋を所有している。自由に使えて当たり前だ。むしろベッドを残していることをありがたく思う。

 

まるで父を神様のようにあがめているが、すでに髪が薄く、ほぼ坊主状態、お腹周りが残念な姿はまさに中年男性といったところ。ご近所にいるおじさんと大差ない。

 

「私も将来はこの姿になるのか……」そう思うと、なんだかやるせない気分になる。

とはいえ、もし、私も結婚し、子供を授かったら、きっと、越えられない背中をもった父のようになるだろう。越えられないが、同じ大きさにはなれると思う。

 

家族を支えるため、仕事をして、休日は一緒に過ごす。日々の生活と仕事のなかに、家族のためという気持ちを絶やさずにもち、過ごしていくだろう。

 

 

私が気づいた、見えないところにちりばめられた父の姿は、まるでガードレールのようだ。

 

ガードレールの目的は、歩行者、自転車と車との衝突を防ぐこと。また、歩行者用道路と自動車用道路をわけ、誤って侵入しないようにすること。

 

普段、歩道を歩くとき、ガードレールを意識する人はあまりいない。女子高生たちが横一列に並んでガールズトークに夢中になっているときも、一人で歩いているときスマートフォンで友人からLINEがきて、返信を打っているときも。

ガードレールはそこにあり、そのおかげで安全に歩ける。

 

ガードレールがあるから、女子高生たちが一列に並ぶことができる。なければ、自動車用道路まではみ出してしまう。歩きながらのLINEの返信も、ガードレールがなかったら、自動車用道路を歩いてしまうことになりかねない。ガードレールがそれぞれの道路を区切っているから、はみ出さずにすむのだ。

 

 

普段は意識しないけど、確かにそこにあり、守ってくれているもの。

父というガードレールの存在に気付いたとき、父の偉大さを感じることができた。

それに気づくことができた私も、少しは成長したのかもしれない。

 

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